協会長ステートメント
会長 西澤 敬二
2019.06.13
日本損害保険協会会長として、この1年間の主な取組みや出来事を振り返り、ご報告と所感を申し上げます。
1.はじめに
この1年を振り返ってみますと、「大阪府北部を震源とする地震」、「平成30年7月豪雨」、「平成30年台風21号」、「平成30年北海道胆振東部地震」および「平成30年台風24号」など、大規模な自然災害が相次いで発生し、各地に大きな被害をもたらしました。改めまして、お亡くなりになられた皆様に哀悼の意を表しますとともに、被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。損害保険業界では、これらの災害に対して全力で取り組み、これまでに、見込み額を含め約1.7兆円の保険金を被害に遭われたお客さまにお届けしてまいりました。今後も、気候変動をはじめとする様々な環境変化が想定される中、安心・安全で持続可能な日本の未来を確かなものとしていくためにも、当業界が重要な社会インフラとしての役割を一層発揮していかなければならないとの思いを、より強くした1年になりました。
国内外の情勢に目を向けますと、政治的・経済的に注視すべき様々な課題が表面化する中、10年近く好景気を維持してきた世界経済の先行きに不透明感が高まっていると認識しています。とりわけ米中貿易摩擦が長期化すれば、世界経済の後退スピードが加速する恐れがあり、わが国産業界・企業においては、景気拡大局面の転換点などを意識しながら、様々な対策を講じていく必要があります。
2.この1年間の取組みの総括
当協会では、「環境変化への迅速・的確な対応」、「お客さま視点での業務運営の推進」、「より強固で安定的な保険制度の確立」、「国際保険市場におけるさらなる役割の発揮」の4つの柱で構成する第8次中期基本計画を、昨年4月からスタートさせました。この1年は、「SDGs達成への貢献」と「Society5.0実現への貢献」という2つの観点から、様々な施策を着実に推進してまいりました。
(1)持続可能な社会実現への貢献(SDGs達成への貢献)に向けた取組み
ア.全般の取組み
少子高齢化、気候変動、デジタル・テクノロジーの進展をはじめとする環境変化が、様々な形で新たなリスクをもたらす懸念があることから、当協会では、持続可能な社会の実現に向けて果たすべき損害保険業界の役割を、SDGsの観点から整理し、昨年12月には、行動規範を抜本的に改定いたしました。本年1月には、一般社団法人生命保険協会と「SDGsフォーラム」を共催し、SDGsの達成に向けた保険業界の役割と課題を確認するとともに、業界を超えたパートナーシップの重要性を共有しました。また、本年5月には、持続可能な社会の実現に向け一層貢献していく観点から、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に対して賛同を表明しました。今後も、幅広い視点から、SDGsの達成に向けた取組みを推進してまいります。
イ.自然災害に対する取組み
(ア)火災保険等に係る異常危険準備金制度の充実に向けた取組み
損害保険会社では、予測が困難な大規模自然災害に対しても円滑かつ確実に保険金をお支払いできるよう、平時より保険料の一定割合を異常危険準備金として積み立てていますが、近年、自然災害への保険金のお支払いが増大し、大幅な取崩しを余儀なくされたことで、その残高は未だ低水準に止まっています。
当協会では、各社の異常危険準備金残高を早期に回復させるため、「火災保険等に係る異常危険準備金制度の充実」を平成31年度税制改正要望の最重点項目として掲げ、関係各所に対する働きかけを行いましたが、その結果、要望に沿う形で、異常危険準備金の無税積立率を5%から6%に引き上げる措置が実現しました。
(イ)防災・減災に向けた主な取組み
当協会では、関係省庁や自治体等と連携し、地域防災力の強化に向けた主な取組みを、全国各地で延べ35回開催しました。昨年10月には、「防災推進国民大会2018」等において、首都直下地震をテーマとしたパネルディスカッションを実施したほか、昨年11月には、日本災害復興学会とシンポジウムを共催するとともに、初の試みとして2つの防災特別番組を作成の上放映しました。また、本年1月には、「小学生のぼうさい探検隊マップコンクール」の第15回記念式典・表彰式を開催するなど、防災・減災に関する啓発や教育について取組みを推進しました。引き続き、災害から命と暮らしを守るための取組みを、充実させてまいりたいと考えています。
(ウ)地震保険の普及に向けた取組み
当協会では、昨年8月に特設WEBサイトを開設し、デジタルコンテンツである「お父さんのための地震ドリル」を掲載するとともに、体験型コンテンツである「地震への備え 謎解きアトラクション」を東京と大阪で実施しました。また、代理店を対象とした地震保険セミナーを全国13か所で開催しました。こうした取組み等の結果、地震保険の保有契約件数は約1,900万件と拡大(※)しており、着実に普及が進んでいます。巨大地震の発生が懸念される中、引き続き、地震保険の普及促進に努めてまいります。
(※)地震保険保有契約件数:19,005,841件
(2019年3月末現在・損害保険料率算出機構)
対前年同月末比+4.1%(+747,914件)
ウ.高齢者等の交通事故防止に向けた取組み
超高齢社会の進展に伴い、高齢ドライバーによる交通事故が社会問題となっていますが、当協会では、関係各所の皆様からご好評をいただいている事故多発交差点マップや啓発動画等を活用しながら、自治体、都道府県警と連携した取組みを、全国各地で延べ122回実施しました。今後も、様々な機会を通じて啓発活動を推進してまいります。
(2)技術革新の促進への貢献(Society5.0実現への貢献)に向けた取組み
ア.自動運転技術の進展に関する取組み
当協会では、昨年9月に「自動運転に関する特設ページ」を開設するなど、消費者に対する理解促進に取り組みました。また、事故時の原因分析等について調査研究を進め、各種パブリックコメントを通じて要望・提言活動を行うとともに、関係省庁や団体等との意見交換を重ねてまいりました。今後も、法制度や各種ルールのあり方に関する実効性のある対策を検討・発信していくことで、安心・安全な自動運転社会の実現に貢献してまいります。
イ.サイバーセキュリティ等ニューリスクに関する取組み
当協会では、企業のサイバーセキュリティの強化に向けた啓発活動や、損害保険業界の一層の対応力強化等を目的に、国内企業アンケート調査を実施し、本年3月に、サイバー保険の普及に向けた課題と対応策を取りまとめるとともに、サイバー保険特設サイトを開設しました。本調査結果を活用し、引き続き、企業のサイバーセキュリティ強化に資する取組みを進めてまいります。
ウ.業界内の業務共通化・標準化・効率化に向けた取組み
当協会では、お客さまの利便性向上や代理店・保険会社の業務効率化に向けて、新技術の活用も視野に様々な検討を進め、多くのテーマの中から優先的に検討を深める領域を選定の上、整理いたしました。今後は、それぞれの実現可能性を精査しながら、より踏み込んだ検討を進めてまいります。
(3)各種課題への取組み
ア.お客さま本位の業務運営に資する募集品質向上に関する取組み
当協会は、募集人資格の最高峰である「損害保険トータルプランナー」の増加に向けて、一般社団法人日本損害保険代理業協会と連携して、様々な取組みを推進してきましたが、その結果、認定にあたって受講が必須となる損害保険大学課程「コンサルティングコース」教育プログラムの2019年度受講申込者数は、過去2番目に多い2,055名となりました。今後も、業界全体の募集品質向上に向けて、当教育プログラムの受講を広く呼びかけてまいります。
イ.相談・苦情・紛争解決に関する態勢・機能の強化
当協会は、「そんぽADRセンター」を全国10か所に設置し、専門の相談員が損害保険に関する一般的な相談・苦情に対応するほか、お客さまと保険会社との間のトラブルに対し、中立・公正な立場から苦情解決手続きと紛争解決手続きを行っています。本年度は、新たなシステムの運用を開始し、セキュリティ面と業務継続性を強化するとともに、苦情事例の中からテーマを定め、考えられる発生原因等について会員会社に周知するなど、様々な取組みを実施しました。引き続き、態勢・機能の強化を図っていくことで、業界全体の業務品質向上に貢献してまいります。
ウ.損害保険の普及啓発と理解促進に向けた取組み
当協会では、全国に11支部を有するネットワークを活かしながら、消費者の皆様に損害保険をご理解いただくための取組みを推進しています。本年度は、各種講演会や防災関連のイベント、さらには、13の大学で開催している連続講義などに講師を派遣し、104,736名もの方々に受講いただきました。今後も、会員会社のOB・OGなどを中心に講師体制の拡充を図り、様々な取組みを通じて、身の回りのリスクへの備え方等についてお伝えしてまいります。
エ.自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)制度の理解促進等に向けた取組み
当協会では、自賠責保険制度の理解促進と加入漏れの防止等を目的に、1966年から広報活動を実施していますが、本年度も、特設サイトを開設したほか、各種メディアを通じた取組みを推進しました。また、損害保険各社の自賠責保険事業から生じた運用益を自動車事故防止対策や被害者支援対策などの事業に活用していますが、2019年度は、38の事業に対して総額18億5,417万円の支援を決定しました。今後も、自賠責保険に関する様々な取組みを通じて、被害者保護と安心・安全な道路交通の実現に貢献してまいります。
オ.自動車盗難等の防止に関する取組み
当協会では、自動車盗難や車上ねらい等に対する防犯意識の啓発を進めていますが、警察庁など4省庁と19の民間団体で構成する「自動車盗難等の防止に関する官民合同プロジェクトチーム」に民間側事務局として参画するとともに、自動車盗難ワースト10地域を中心に、警察等と連携して「盗難防止の日(10月7日)」の取組みを含む様々な啓発活動を実施しました。2018年の自動車盗難認知件数は8,628件となり、59年ぶりに年間1万件を下回りましたが、更なる減少に向けて、関係各所と連携した取組みを進めてまいります。
カ.保険金不正請求の防止に関する取組み
当協会では、従来より不正行為関係者のネットワーク分析システム等を活用しながら、不正請求の防止に努めてきましたが、昨年10月には、「保険金請求歴および不正請求防止に関する情報交換制度」を開始し、保険金請求歴の情報交換の対象種目を従来の傷害保険、自動車保険における対人賠償責任保険などの人に関わる保険から全保険種目に拡大するなど、より多くの情報を各社間で共有できるようになりました。また、全国各地で保険犯罪防止セミナーを開催し、業界内で情報共有をするなど、様々な取組みを行ってまいりました。引き続き、不正請求事例の研究を進めながら、一層の態勢強化を図ってまいります。
キ.国際基準等への対応
当協会では、国際的な保険監督基準の策定や通商課題への対応において、国際会議への出席や関係機関が実施するパブリックコメント等あらゆる機会を通じて、グローバルな損害保険市場における公平・公正な事業環境や競争条件を確保する観点から意見反映に努めてまいりました。具体的には、「国際的に活動する保険グループ(IAIGs)に対する監督のための共通枠組み(Com Frame)」の策定をはじめとする保険監督者国際機構(IAIS)が実施した各種市中協議において、本邦保険業界の実態を踏まえた意見を表明してまいりました。今後は、気候変動、サイバーセキュリティ、フィンテックなど、IAIS等における検討テーマの拡大や加速する論議スピードに確実に対応できるよう態勢強化を図ってまいります。
ク.新興国市場への各種支援の取組み
当協会では、アジア各国・地域における損害保険市場の健全な発展と成長に向けて様々な取組みを進めています。昨年11月には、日本およびASEANの損害保険市場のさらなる発展に向けて、ASEAN加盟10か国の保険協会をメンバーとするASEAN保険会議(AIC)と協力覚書を締結しました。また、東アジア諸地域に対する保険技術協力・交流プログラムである日本国際保険学校(ISJ)をミャンマー・ヤンゴンで開催したほか、来日したミャンマー計画・財務省の職員への保険募集・教育制度に係る研修や、モンゴル保険協会に対する自動車保険損害調査の制度改善など、様々な支援を実施してまいりました。今後も、各国の保険監督官庁や保険協会等との人的交流や情報交換の促進を通じて、各国の損害保険市場の健全な発展と成長に貢献してまいります。
3.おわりに
新しい令和の時代が幕開けしましたが、国内外の政治・経済の情勢、自然災害の頻発など、我々を取り巻く環境は大きく変わろうとしています。損害保険業界といたしましては、このような環境変化が生み出す新たなリスクに対してもしっかりと対応していくことで、今後とも、安心・安全で持続可能な日本の未来に貢献してまいりたいと考えています。
最後になりますが、この1年間、皆様から温かいご支援・ご協力をいただきましたことに、心から御礼申し上げます。引き続き、損害保険業界および日本損害保険協会に対するご理解とご協力を、よろしくお願い申し上げます。