協会長就任にあたって
会長 原 典之

日本損害保険協会は、本年5月29日に創立100周年を迎えました。
この節目に日本損害保険協会長に就任するにあたり、以下のとおり所信を述べさせていただきます。

1.過去の取組みを振り返って

 今から100年前の1917年5月29日、現在の一般社団法人日本損害保険協会の起源となる、内外42の保険会社で構成した「大日本聯合火災保険協会」が設立されました。当時は、適正な火災保険料率の設定や保険募集秩序の維持等の各種協定により、競争が激化する損害保険各社の経営を安定させることを目的としていました。現在より会員会社数こそ多いものの、当時の我が国の損害保険マーケットは海上・運送保険を中心として、収入保険料規模で約46百万円と小さなものでした。

 当時の我が国は第一次世界大戦の只中にありました。造船・鉄鋼等の重化学工業を中心に産業が発展し目覚ましい大戦景気に沸く一方、この好況は激しい物価高騰と反動恐慌をもたらしました。加えて、後の関東大震災、昭和の金融恐慌、日中戦争、太平洋戦争に至り、我が国の経済は壊滅的な打撃を受けることとなりました。
 終戦から戦後の復興を経て我が国経済は伸展し、1950年代には大量消費時代が幕を開け、高度経済成長期を迎えます。オイルショックなどの混乱はありつつも、中期的には安定的な経済成長を遂げて国民の暮らしは豊かになり、1980年代にはバブル景気に沸きました。
 バブル崩壊以降、我が国経済は低成長期を迎えることとなりますが、IT化等の技術革新、グローバル化等に伴い、我が国の社会経済は大きく変化しようとしています。加えて、2011年の東日本大震災をはじめ、地震、台風、豪雨等の大規模な災害が常態化しつつあります。
 このような時代の変化にあわせて、損害保険業界は、社会を支えるインフラとして適切に対応してきました。モータリゼーションの進展を支える自賠責保険制度の創設・運営と任意自動車保険の開発、経済成長に伴う社会の多様化に応える商品ラインナップの拡充、地震保険制度の創設・運営と巨大地震発生時における総力を挙げた対応などは、その代表例といえます。
 また、損害保険事業をより安定的に継続していくために、財務基盤を強化するとともに、代理店制度等の募集環境を整備することにより、損害保険の普及にも努めてきました。

 一方、保険自由化以降、損害保険各社では、保険商品・サービスの多様化等、お客さまの利便性向上に資する取組みを進めてきましたが、十分な態勢が伴わないまま提供し、保険金支払い漏れ等の問題を生じさせることとなりました。これらの反省を踏まえ、経営管理態勢を見直すとともに、商品のわかりやすさ、募集文書の簡素化、募集人試験制度の見直し、保険金を適切にお支払いするための各種インフラ整備など、お客さまの視点に立った各種施策を推進してきました。

 こうした取組みの結果、2015年度の損害保険マーケットは収入保険料規模で約8.4兆円、物価等の調整を加味したベースで100年前の200倍以上となりました。この100年間で損害保険業界は、総じて、社会の発展とともに、着実な成長を遂げてきたといえます。

2.今後の取組みの方向性について

 近年実用化が進むIoT(※1)・ビッグデータ・AI(※2)等の新しいICT(※3)は、今後さらなる進展を遂げていきます。一部の研究者は2045年頃に、ICTが人間の知能を超える境界、シンギュラリティ(※4)に到達するとも予測しています。こうしたICTの進展は、社会のあらゆる分野にイノベーションをもたらします。暮らしやビジネスのあり方が大きく変わり、それに伴い、損害保険で備えるリスクも変化します。
 また、国内外で大きく人口構成が変化していくことが想定されています。国内では更に少子高齢化・人口減少が進展し、国立社会保障・人口問題研究所の推計では2053年に人口が1億人を割り込む可能性が示唆されています。一方、世界全体では人口の増加が見込まれ、国際連合の推計では、世界の人口は、現在の約76億人から2050年には約98億人に達するとされています。また、人口の増加とともに、人口分布が大きく変化する可能性もあります。
 加えて、環境に目を向けると、気候変動もさらに進んでいく可能性があります。環境白書によると、温室効果ガスの排出量が大きく増加し続ける場合、今世紀末の気温上昇は2.6~4.8℃となる可能性が高いとされています。海洋では海水温の上昇と酸性化、平均海面水位の上昇が見込まれるとともに熱波や極端な降水などの自然災害リスクも高まることとなります。

 こうした技術革新やグローバルな人口動態の変化、自然環境の変化等によって、国内・国際社会やマーケットの姿も、今までより速いスピードで変化していくことが予想されます。

 様々な変化が見込まれる一方、変わらないものもあります。
 お客さまは高品質で利便性の高い商品を求め、それに対し、商品を提供する事業者が、日本人が得意とする「おもてなし」でお迎えする、といったことが評価されるのは今後も変わらないのではないでしょうか。また、社会環境の変化に伴い、リスクが多様化・複雑化する中で、それを引き受ける「リスクの担い手」は引き続き必要です。

 私たち損害保険業界は、お客さまから選ばれ社会とともに成長していく存在として、お客さまにより良いものを提供し続けたいと考えています。

 私たちが成長を遂げた過去100年の歩みに、そうした未来の姿を重ねると、これからの損害保険業界の取組みは、次の4つの方向性が重要になると考えます。

(1)よりフォワードルッキングな環境変化への対応

 社会環境の変化に伴い、リスクも変化し、そのスピードも速まります。
 私たちはその変化に柔軟に対応し、リスクに応じた保険商品の提供などを通じて、安心・安全な社会を支えるインフラとしての役割を果たしていく責任があります。その重要性はこれまでも、これからも変わりません。しっかりと責任を果たしていくためには、より一層フォワードルッキングな視点を持って、取組みを進めていくことが重要と考えます。

(2)「お客さま本位」の業務運営の追求

 これまでも損害保険各社は、保険募集や保険金支払いのための態勢整備を進め、品質向上に注力し、お客さまにご満足いただけるよう各種施策に取り組んできました。
 今後は、こうした取組みをもとに、お客さまにさらにお役に立てるよう「お客さま本位」の業務運営を追求していく必要があります。例えば、単に損害保険商品を販売するのではなく、私たちが培ったリスクに関する知見を活かして、事故防止や防災・減災に資する提案を行うなど、より付加価値の高いサービスを提供していくことが求められます。

(3)より強固で安定的な損害保険制度の確立

 万一の場合に適切に保険金をお支払いする、といった損害保険の最も基本的な機能を確実に果たしていくために、損害保険会社の財務基盤を強化することに加え、今後想定される大規模地震等の際の業務運営態勢を強化していくことが必要です。
 また、損害保険はお客さまからお預かりした保険料を公平・公正に分配する仕組みであることから、お客さまと損害保険会社との信頼関係を構築し、制度の信頼性を向上させる取組みが重要であると考えます。

(4)国内外での存在感発揮に向けた関係機関との連携強化・意見発信

 我が国の社会経済が大きく発展したこの100年の間、私たちの取組みは、その発展とともに国内でしかるべき役割を果たすことに比重が置かれていました。
 しかし、世界の人口構造が変わり、国際社会とマーケットのバランスも変化していく中で、我が国の損害保険業界が着実な成長を遂げ、社会に貢献していくには、国内だけではなく国際社会でも大きな存在感を発揮し、マーケットを牽引していく存在になる必要があります。
 そのためには、国内外の関係機関と緊密に連携し、相互に信頼関係を構築しながら、適切な意見発信を重ねていくことが不可欠であると考えます。

3.一年間の取組みについて

 この一年は、将来を見据えつつも、101年目をスタートする「基礎固め」に取り組むことが重要であると考えています。
 まずは、今年度で最終年度となる当協会の「第7次中期基本計画(2015年度~2017年度)」を着実に仕上げていきます。そして、「2.今後の取組みの方向性」を踏まえた次期中期基本計画(2018年度~2020年度)の策定を進めていきます。特に、お客さま本位の視点から業務運営を見直し、品質を高めていくことは重要であり、損害保険会社の取組みを後押しする施策を検討していきます。
 具体的な取組みとしては、第7次中期基本計画の重点課題を中心に、新しい中期基本計画も展望しつつ、例えば、

  • 当協会が認定する募集人資格の最高峰である「損害保険トータルプランナー」を増加させるための取組み
  • 損害保険各社の業務運営における好取組事例の収集
  • 損害保険各社と連動した当協会の事業継続計画の見直し
  • 不正請求の防止に向けたシステム強化
  • アジア地域での損害保険市場の健全な発展への貢献に資するノウハウ提供

等に取り組んでいきます。

4.最後に

 損害保険は教育や医療と同じように、安心・安全な社会を支えるインフラです。その役割を十分に果たし社会に貢献していくには、お客さまとの信頼関係が不可欠です。損害保険各社が、商品・サービスの内容、保険募集、保険金支払等のあらゆる面でお客さま本位の品質向上を図り、信頼関係を確固たるものにしていくことを牽引していく、これが協会長としての大きな使命であると認識しています。
 誠心誠意、努力していきますので、皆さまのご支援・ご協力をよろしくお願いします。

以 上

2017年6月  協会長就任ステートメント(PDFファイル)

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