協会長就任にあたって
会長 舩曵 真一郎
2021.06.30
日本損害保険協会長に就任するにあたり、以下のとおり所信を申し上げます。
1.はじめに
新型コロナウイルス感染症でお亡くなりになられた方々に対し、哀悼の意を表するとともに、罹患された皆様に心からお見舞いを申し上げます。
今なお、各国が同感染症のまん延防止に取り組む中、治療やケアに当たられている医療従事者をはじめ、社会機能の維持のために懸命に働く全ての方々に、深く感謝申し上げます。
延期されていた東京オリンピック・パラリンピックも7月23日から開催されます。徹底した感染対策を前提とした運営実現に尽力されている関係者皆様に敬意を表するとともに、安全な大会となるよう心から祈念しております。
社会における不確実性の高まりに対して、適応・対応していくことが求められる環境下にあるからこそ、損害保険業界で働く私たちも、安心かつ安全な社会の実現と国民生活の安定・向上に向けて、感染症拡大を防止しながら、使命をしっかりと果たしてまいります。
2.環境認識
私たちが直面する環境変化は、生活スタイルや経済活動など社会のあり方の見直しを迫るとともに、損害保険業界にも影響を与えています。具体的には以下のとおりです。
(1)気候変動
我が国では、風水災や地震など、甚大な被害をもたらす自然災害が数多く発生しています。2万名を超える死者・行方不明者を出した東日本大震災から10年が経過しましたが、この間も、熊本地震、大阪府北部地震、北海道胆振東部地震、今年2月の福島県沖の地震などにより、多くの方々が被災されています。自然災害とともに生きる私たちは、「大地震や台風は必ずやってくる」との認識のもと、防災体制の整備を含めた備えを平時から万全なものとしていく必要があります。
特に近年は、強力な台風が次々と我が国を襲い、大きな被害をもたらしています。平成30年台風21号は、西日本を中心に被害をもたらし、損害保険会社の保険金支払は過去最大級となる1兆円を超える水準となりました。また、翌年には台風15号(房総半島台風)・19号(東日本台風)が関東・東日本に次々と上陸し、あわせて1兆円を超える保険金をお支払いしています。さらには、台風に限らず、平成30年7月豪雨(西日本豪雨)や令和2年7月豪雨(熊本豪雨)をはじめとした豪雨災害も頻発しております。
このような風水災害の激甚化・頻発化は、大気中の温室効果ガス濃度の上昇に起因する地球温暖化によるものとされております。地球温暖化がこのまま進めば、破壊的な災厄がもたらされる蓋然性が高まると言われています。火災保険など、損害保険会社が社会的使命を果たすうえで欠かせない商品を永続的・安定的に提供することも難しくなります。
すなわち、気候変動は、国民の生命や生活基盤、経済システムを脅かす、今そこにあるリスクであり、CO2等の温室効果ガス削減という世界規模の、根本的な対応を要します。我が国も、2050年までにカーボンニュートラルの達成を目指すことを宣言するなど、この大きな課題の解決に向けた待ったなしの取組みがスタートしています。
(2)社会のデジタル化
ワクチン接種が進むことにより、新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかかることが期待されますが、変異株の出現も見られるなど、現段階でその終息を見通すことはまだ難しい状況にあります。また、政府や自治体による各種対策・支援により経済の底割れは回避できているものの、成長見通しについても予断を許しません。
このような状況下、感染予防の一環で、デジタル技術の向上を背景にした、非対面をメインとする「新しい生活様式」が広く普及し、私たちのライフスタイルそのものが大きく変わりつつあります。
政府も、デジタル社会の形成を一段と進めていくため、この9月にデジタル庁を新設します。官民が一体となり、広範囲でDX(デジタルトランスフォーメーション)を加速させ、生産性向上や経済活性化につなげていく必要があります。
また、自動運転などに象徴される先進的技術のさらなる向上と普及により、モビリティのあり方の変化も一段と進むことが想定されます。
一方、デジタル技術の進展は、サイバー攻撃、国境を超えた個人情報の流出などのリスクの顕在化や経済格差の拡大などの新しい社会課題を生み出す可能性があることにも注意しなければなりません。
(3)サステナビリティマインドの高まり
私たちの社会のサステナビリティを脅かす課題を解決し、よりよい社会の実現を目指すSDGsのゴールまであと10年を切りました。SDGsの重要性は益々高まり、その実現に対する社会の期待は大きくなっています。引き続き業界一体となって、日々の活動を通じて、社会課題の解決を図っていく必要があります。
3.損害保険業界が果たすべき役割と課題
損害保険業界は、不測の事故などによって生じた損害を補償するという損害保険の本来の機能の発揮に加え、防災・減災取組みの推進などを通じて、安心・安全な社会の実現を図っています。
過去を振り返れば、損害保険は、常にお客さまの大きな社会環境変化への適応を支えてきました。例えば、1950年代に社会のモータリゼーションが加速したときは自賠責・自動車保険の、また、1995年に製造物責任法が制定されたときには生産物賠償責任保険の開発・普及に取り組みました。
社会のシフトにともなって生じる新しいリスクを特定し、それを引き受けることで、お客さまの生活や経済活動の安定化、さらには持続可能な社会の実現を下支えする。このような機能こそが損害保険制度の存在価値であると考えています。
一方、気候変動にともなう大規模自然災害の増加や、全世界的なパンデミックの発生は、リスク分散を図ることが難しい事象であることから、「一人は万人のために、万人は一人のために」という相互扶助を前提とする保険制度に新しい課題を突きつけています。そうした課題とも向き合いつつ、社会や経済を支える重要なインフラである損害保険制度を将来にわたって維持・機能させていくこと、また、これまで以上に損害保険の意義や必要性について国民の理解を広く得ることが重要となっています。
4.具体的な取組み
以上のことを踏まえ、日本損害保険協会では「持続可能なビジネス環境の整備」「災害に強い社会の実現」「損害保険リテラシーの向上」の3つの重点課題を定めた第9次中期基本計画を本年4月よりスタートさせています。当協会長年度において、重点的に取り組む課題は以下のとおりです。
(1)気候変動に関連する取組み
① 自然災害リスクへの対応強化
自然災害が増えている中、火災保険の提供能力にかかる持続可能性を高めるとともに、災害時の対応をより円滑にするため、自然災害発生時の迅速な保険金支払に向けた保険会社共同取組みの強化と推進、損害額の調査を行う鑑定人との連携強化、異常危険準備金制度の充実、強靭なまちづくりに向けた自治体等への働きかけなどを進めていきます。
また、巨大地震発生時の円滑な損害調査の実施と迅速な地震保険金のお支払いを行えるよう、さらなる態勢の見直しや改善を検討します。
加えて、保険契約の更改時などにお客さまと接点を持つ損害保険業界の特性を活かし、気候変動に関するお客さまへの各種情報の提供や、地域に潜む危険箇所の把握に役立つハザードマップの活用促進などに取り組みます。
② 適正な保険金支払いに向けた取組み
自然災害に便乗した悪質商法が近年急増しています。被災地域のご家庭に、必要のない家屋修理を迫ったり、古くなった部分の修理代についても保険金が支払われると偽ったりする修理業者が関与するトラブルの防止・撲滅に取り組み、お客さまを守ります。具体的には、不正な保険金請求を促す業者に関する消費者への注意喚起を一段と強化しつつ、損害保険会社共通の不正請求事案のデータベースの拡充や警察と連携した「損害保険防犯対策協議会」の開催等を進めるなど、対策強化を図ります。
③ 方針策定と会員会社の対応支援
自然災害の増加をもたらしている気候変動そのものへの対策も重要です。グローバルな喫緊の課題であり、2050年カーボンニュートラル実現に向けた各国の取組みは既に始まっています。
損害保険業界も、気候変動をお客さまはもとより、自らの経営にも甚大な影響を与える大きなリスクととらえ、世界的な潮流を踏まえつつ、対策に取り組んでいきます。
これまでも、会員各社は、損害保険を通じた幅広い補償・サービスの提供を行うとともに、機関投資家として、グリーン投資などに取り組んできました。このことを踏まえ、会員各社の事業者・保険者・投資家としての見地も入れた、日本損害保険協会としての気候変動に対する方針を策定します。
また、気候変動リスクがお客さまの生活や事業活動に与える影響や、万が一のときのための備えとしての損害保険の有効性などを分かりやすく説明した電子パンフレットの作成、会員会社の知識向上を目的とした勉強会の実施などにも着手します。
(2)非対面・非接触・ペーパーレスの推進
新型コロナウイルスのまん延とそれへの対策は、国民生活に大きな変化をもたらしました。社会のデジタル化の加速にあわせて、損害保険各社の手続業務等も、非対面・非接触・ペーパーレス化へとシフトしています。各社の創意工夫のもと、対面での手続きを望まれるお客さまにも配慮しつつ、お客さま利便性の向上と業務効率化の実現を図っています。
そうした各社の業務改革と連動している会員会社間の業務の電子化・ペーパーレス化推進も益々重要となっています。
日本損害保険協会では、日々の業務にかかるプロセス、帳票、システムなどの共通化・標準化・共同化を一段と進めていくことで、業界全体として、さらなる効率改善を図ります。具体的には、所得税・住民税の控除のためにお客さまにお送りする保険料控除証明書の電子発行やマイナポータル連携、一つの契約を複数の保険会社で引き受ける場合の社内事務の電子化、損害調査業務の効率化などに取り組んでいきます。
(3)リスクへの備えの一段の強化
自然災害時の休業リスクの高まりや社会のデジタル化にともなうサイバーリスクの顕在化などを踏まえ、事業者向けの損害保険の普及促進に注力します。事業会社の強靭性向上は、経済の活性化を下支えします。
(4)高校生を中心とした損害保険リテラシー向上など
損害保険は生活に安心と安全をもたらす重要な役割を果たす商品であるにもかかわらず、その内容や仕組みは分かりにくいと思われている面があります。損害保険の重要性は今後も高まり続けることを踏まえ、国民の損害保険リテラシーの一段の向上を目指します。具体的には、「国民が18歳になる時点で、身の回りのリスクや損害保険の仕組み・必要性を理解し、『自ら保険を選択できる』状態を実現すること」を目指し、次期学習指導要領への要望反映に取り組みます。また、高校生向け授業コンテンツの充実、教育ツールのデジタル化、高齢者の交通事故防止取組みも継続してまいります。
(5)その他各課題への取組み
① 業務品質の持続的な向上
顧客本位の業務運営を前提とした、損害保険募集人の知識・業務のさらなるレベルアップを支援する取組みを進めていきます。具体的には「損害保険トータルプランナー」認定者数を拡大させていくとともに、本認定制度をより魅力ある制度にするための見直しも検討します。また、「そんぽADRセンター」の一般的な相談・苦情窓口の利便性の向上や、同センターから会員会社へのフィードバックなどを通じて、トラブル解決に向けた支援を行います。
② 国際基準への適切な対応
グローバル化の進展や会員各社の海外展開が進んでいることを踏まえ、保険監督者国際機構(IAIS)等の動向を注視しつつ、国際的な規制環境の調和や障壁の解消に向けた働きかけを継続します。
③ 新興国市場への各種支援の強化
関係省庁・団体とも連携し、現地のニーズに即した保険技術協力を行うなど、引き続きアジア各国・地域の金融インフラ整備や国際市場におけるアジア損保市場の地歩向上に貢献していきます。
5.おわりに
モータリゼーションの進展にともなって顕在化した交通事故の増加という新たな社会課題に対し、自賠責保険と車検を連動させることで、交通事故被害者の救済を確実なものとし、人々が安心できる自動車社会の到来を側面から支えるという成果をあげることができたのは、前回の東京オリンピック(1964年)の時代のことでした。
このように、損害保険業界は、その時々の社会課題と向き合いつつ、リスクのプロならではの解決策を提供していくことで、安心・安全な社会を支えるインフラの一つとしての役割を果たしてきました。
今後も社会のデジタライゼーションの一段の加速や気候変動などにともなう様々な課題の解決を実現していけるよう、協会長として真摯に取り組んでいく所存です。
皆様のご支援・ご協力を何卒よろしくお願い申し上げます。
以 上