協会長ステートメント
会長 舩曵 真一郎

 日本損害保険協会会長として、この1年間の主な取組みを振り返り、ご報告と所感を申し上げます。

1.はじめに

 3月の福島県沖を震源とする地震で被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。会員各社は、被災地に対応拠点を立ち上げ、全国から多くの応援要員を派遣するなど、総力をあげて、お客さまへの対応と支援を行いました。業界一丸となったこうした迅速かつ組織横断的な取組みを背景に、地震発生から約2か月経過した5月20日時点で、地震保険で約23万件、計1,619億円の保険金を支払いました。お客さまの生活再建と被災地の復興に向けて、最後まで、損保業界としての使命と責任を果たしてまいります。

 新型コロナウイルス感染症に関しては、いわゆるwithコロナ局面が当面続くことを見据えた一段の対応・適応が求められています。損保業界としても、リモートワークや非対面・非接触・ペーパーレス手続きの拡大を通じた感染対策を緩めることなく、引き続き、お客さまや社員の安全確保に当たります。
 ウクライナ情勢も依然深刻です。その影響は、金融市場の不安定化、サプライチェーンの分断、資源や穀物価格の高騰などの形で顕在化しています。国と国が密接につながっているグローバル経済のもとでは、こうした紛争は他人事ではないことを痛感させられます。様々な制約がある中、損保各社は、ロシアにおける事業活動の見直しを迫られるお客さまへの対応と支援を行いました。早期の平和回復に向けた国際社会のあらゆる努力と働きかけを強く支持します。
 そうした中、私たちを脅かす最大のリスクは、依然として、気候変動と異常気象による自然災害の激甚化・頻発化です。その脅威に対し、一人ひとりが行動を起こさなければならない局面に来ているという危機意識は確実に広がりつつあります。当協会も、かけがえのないこの社会の責任ある一員として、サステナビリティマインドの更なる普及に取り組みます。
 不確実・不安定な時代であるからこそ、人々が環境変化の本質を理解し、あらゆるリスクに対してよりよい判断を下せるよう、損保業界は、これまで以上にお客さまを支えることが求められています。社会の期待に応えながら、業界としての使命を果たしていく信念を持って、私が協会長として、この一年間、推進・実現してきた主な取組みは次のとおりです。

2.今年度の主要課題に関する具体的な取組み

(1)気候変動に関連する取組み

①自然災害リスクへの対応強化

a.業界共同取組み

 災害後のお客さまへの円滑かつ迅速な保険金支払いに向けた業界共同取組みを推進しました。
 昨年7月と8月に豪雨が発生した際、要請のあった会員会社に対して被災地の衛星画像データや浸水深推定データを速やかに提供し、被害状況の確認を支援しました。当協会も対策本部を立ち上げ、業界として、最初の2か月で、計295億円の保険金をお客さまに支払いました。保険金支払いのスピードアップを支える重要なインフラのひとつとして、会員会社の声を踏まえた改善を図りつつ、この枠組みを一段と使いやすいものにしていきます。
 また、質権付き火災保険契約(ローンで購入した住宅が被災した場合に支払われる保険金は、ローンを提供した金融機関が受け取る権利を有します)に関する災害時の保険金支払い手続きを簡素化します。当協会は会員会社を代表して、一定の条件のもと保険金をお客さまに直接支払うことについて同意し、準備が整った金融機関から、順次協定を締結します。
 今後も、DXを活用しながら、災害時のお客さま対応の強化を図っていきます。

b.防災・減災取組み

 お客さまを守るため、災害が発生する前の備えを強化する各地の取組みを支援することも当協会の重要な責務のひとつです。防災・減災取組みの実効性は、お客さま一人ひとりの災害や身の回りのリスクに対する意識の高さと相関します。特に、お住まいや勤務地周辺の危険地域の把握や避難経路の確認に役立つのは、自治体が発行しているハザードマップです。現在、全国で1,400以上の自治体が公表しています。最近では、人気漫画キャラクターとコラボした防災パンフレットの一部として作成されるものもあるなど、読み手を惹きつけるための自治体の創意工夫も目につきます。当協会作成のパンフレット「ハザードマップと一緒に読む本」や関連チラシなどとあわせて読むことで、日頃の備えに対する意識を高めるきっかけにしてください。
 若い世代の防災・減災意識を育むことにも力を入れています。高校では「地理総合」の授業でハザードマップの読み方を学ぶ機会があることから、同パンフレットを全国の高校約5,000校に提供しました。また、オンライン広報を活用し、啓発ショートムービー「マルの追憶」を多くの方にご視聴いただいています。さらには、当協会が毎年主催している「小学生のぼうさい探検隊マップコンクール」を通じて、子どもたちに楽しみながら、防災、防犯、交通安全について学んでもらっています。災害大国であるわが国においては、世代を超えて防災・減災マインドを継承していくことが重要です。
 なお、今年3月に取りまとめられた金融庁の「火災保険水災料率に関する有識者懇談会」の報告書を受けて、これまで全国一律だった水災料率を、各地のリスクに応じて細分化することが各社で検討されています。お客さまにおかれましては、これまで以上にお住まいの地域のリスクに対する理解を深めつつ、適切な商品に納得してご加入いただくことが重要です。

c.令和4年度税制改正要望

 多くの関係者のご理解とご尽力により、火災・風水害種目に関する異常危険準備金の積立率が6%から10%に引き上げられました。台風や豪雨の増加基調が続く中、私たち損保業界は、住宅など、お客さまにとって最も大切な資産のひとつを守る火災保険を安定的に提供し続ける社会的使命を負っています。台風の多かった2018年と2019年、1兆円以上の保険金を支払ったことは、まだ記憶に新しいところです。公益性の高い事業を担わせていただいている使命感と責任感を持って、今後も社会からの要請、期待に応えていきます。

②適正な保険金支払いに向けた取組み

 自然災害に便乗した悪質な住宅修理業者とのトラブルは、依然多く報告されています。万が一被災された場合、こうした業者の勧誘には一切応じずに、ご加入されている損害保険代理店や保険会社に直接ご相談ください。
 現在、当業界は、こうした業者への対策を2層で進めています。
 まずは注意喚起です。日本損害保険代理業協会(日本代協)、消費生活センター、行政機関などと連携しつつ、啓発チラシ等を活用した注意喚起を行っています。また、これを補完する取組みとして、当協会の「募集文書等の表示に係るガイドライン」を改定し、会員会社のパンフレットや重要事項説明書を通じて、お客さまにこうした業者を利用しないよう呼び掛けています。さらに、6月からは、損害保険募集人向けの研修でもこのテーマを取り上げるなど、契約時に、募集人から、こうした業者と契約しないようお客さまに周知する態勢も整備しています。
 もう一つが、会員会社における請求受付時の対策強化です。当業界が特定している悪質な業者に関するデータベースの共有・活用を通じ、各社において、保険金支払い時にチェックが入るような運営を行っています。また、支払い実務上の対策の実効性を一段と高めるため、態勢が整った会員会社から、保険金請求関連書類から悪質な修理業者の関与を検知するツールを順次活用していく取組みが進んでいます。
 これらはお客さまを守る、継続的な取組みとなることから、次期協会長年度においても注力していきます。
 なお、この4月、「火災保険を使って無料で住宅修理」を謳う業者が消費者団体に訴えられていた中、着工前の契約解除で高額な違約金を取る手法を問題視した消費者側の主張を業者側が全面的に認めた事例がありました。こうした業者に関しては、損保会社とお客さまが一体となって、毅然とした態度で向き合うことが効果的です。今後も、当業界として、悪質な住宅修理業者は絶対に許さないことを全面的に発信していきます。

③気候変動対応方針の策定と会員各社の対応支援

 当協会は昨年7月に「気候変動対応方針」を策定・公表しました。2050年カーボンニュートラル実現に向けた会員各社の取組みの方向性を揃え、業界一丸となった対応を推進しています。当協会が作成した解説パンフレット「気候変動について考えて、行動するときに読む本」は好評で、自治体や経済団体関連機関にも活用いただいています。また、5月には、会員会社向けの第3回気候変動勉強会を開催し、気候変動に関する開示について各社が持つノウハウを交換しました。この一年に開催した勉強会や意見交換会には、のべ1,740名が参加しました。気候変動対応に関する最新の動向やトピックスを解説したニュースレターもここまで8本発信しています。いま、最も重要なこのテーマに関し、会員各社の社員の知識習得を支援し、気づきを促す当業界のインフラとして当協会および当協会のコンテンツは広く役立っています。
 一方、残念ながら、地球温暖化のペースはまだ緩まっていません。長期的視点を持って、また、業界や国を超えて、気候変動対応の一段の強化、レベルアップを図っていく必要があります。進捗を見極めながら、取組みメニューの拡大を検討していきます。

(2)非対面・非接触・ペーパーレスの推進

 社会のデジタル化に合わせて、お客さまの利便性向上と会員各社の生産性アップにつながる事務の特定と見直しを進めています。
 昨年10月から、お客さまは、年末調整や確定申告で利用する保険料控除証明書を電子データで取得できるようになったうえに、マイナポータル連携も行えるようになりました。
 加えて、会員会社間で、2月から共同保険契約(複数の保険会社が共同で引き受けている契約)の契約情報をすべて電子データでやりとりできるようになりました。また、任意自動車保険のノンフリート等級(保険料の割増・割引)の会社間の情報交換において残っている、紙帳票ベースのやりとりについて、来月から順次ペーパーレス化していきます。これらを合わせて、年間約100万枚以上の紙の削減を実現します。
 さらに、2024年の運用開始を目標に、自賠責保険関連手続きのペーパーレス化や保険料払込みのキャッシュレス化のための共同システムの具体的検討を開始しました。
 次期協会長年度も、お客さまへのサービスレベルの向上とコストの抑制につながる、ペーパーレス化や業務の標準化・共通化を推進していきます。

(3)リスクへの備えの一段の強化

 わが国の経済を牽引する中小企業の事業活動を損害保険の面から支えることは、当業界の大きな役割のひとつです。
 中小企業にご協力いただいたアンケート結果に基づいてデザインした、事業者向け特設サイト「中小企業に必要な保険」が好評です。充実したコンテンツやデジタルメディアを活用した積極的な情報発信を背景に、アクセスは9万件を超えました。
 また、昨年10月のデジタルの日に、東京商工会議所副会頭の金子眞吾氏と行ったサイバー保険に関する対談をリリースするなど、サイバーリスクに対して備えることの重要性を訴えました。
 さらに、中小企業が保険に入り、安心してリスクを取り、その力をフルに発揮することは、わが国を支える地方の発展・繁栄にとっても大きな推進力となります。当協会の会員各社が推進している地方創生取組みには、地域産業振興や地域企業支援も含まれます。今後も、関係省庁や日本代協と連携しながら、会員各社を通じて、中小企業の活動をサポートしていきます。

(4)高校生を中心とした損害保険リテラシー向上

 これから社会に出て活躍する若い人たちが、リスクリテラシーを身に付け、様々なことに積極的にチャレンジする風土づくりを当業界として全面的に支援しています。
 当協会では、アクティブラーニングにも活用できる教材「明るい未来へTRY!~リスクと備え~」や教育関係者向けの情報誌「そんぽジャーナル」を全国の高校や教育委員会にお届けするなど、教育の現場にいる皆さまをサポートしています。今後も先生方への支援を強化し、数年以内に、まずは約4割の高校における公民科や家庭科等の授業で、当協会のコンテンツなどを活用しながら損害保険が教えられている状況の実現を目指します。
 引き続き、実用的なコンテンツの提供や、当協会の支部による出張授業の実施を含む情報・ノウハウの共有など、高校生の学びを支援する取組みに尽力していきます。

(5)その他各課題への取組み

①地震災害への備え

 災害大国であるわが国では、巨大地震等の災害は必ず起きるとの認識のもと、平時から防災対策を講じることが重要です。
 東日本大震災10周年にあたった昨年、当協会は、岩手県釜石市で開催された「ぼうさいこくたい2021」でパネルディスカッション「東日本大震災 これまでの10年、これからの10年」を主催しました。パネリストの方々の体験談を通じて、災害伝承や防災教育、地震保険等による備えの重要性について、会場参加者およびオンライン視聴者に周知しました。
 長年の広報活動の効果もあって、2022年3月末の全国の地震保険保有契約件数は約2,080万件(対前年比2.2%増)となりました。火災保険のお客さまの地震保険付帯率は約7割に達するなど、加入率は増加傾向にありますが、地域によってまだ差があることも分かっています。
 3月以降、全国的に地震の発生が増えています。活動期と連動した通常の現象との見方がある一方、地震活動を注視する必要があるとする専門家もいます。今後も、万が一の備えとして、地震保険に入る重要性を広く説いていきます。

②公的保険制度等に関する適切な情報提供に向けた取組み

 民間の損害保険には公的保険を補完する面もあります。お客さまにおかれては、自身のリスクと万が一のときに公的保険から得られる補償内容を理解したうえで、民間保険の加入を検討いただきたいと思います。
 例えば、損保会社が扱う商品のうち、ケガや疾病を補償する第三分野の保険に加入いただく際には、健康保険の給付内容も踏まえた検討をしていただくことが重要です。当協会はこの5月に「第三分野商品に関するガイドライン」を改定し、会員各社に対し、お客さまへの必要かつ分りやすい説明の実施を促しました。引き続き、募集品質の不断の向上を図ります。

③国際取組み

 IAIS(保険監督者国際機構)の2023年度の年次総会および関連会合が日本で開催されます。保険業界の更なる発展に向けて、当協会も、ホストを務める金融庁の支援を通じて、一連の会合が成功するよう貢献・協力していきます。

3.おわりに

 昨年6月の協会長就任時、私は「損保業界はその時々の社会課題と向き合いつつ、リスクのプロならではの解決策を提供していくことで、安心・安全な社会を支えるインフラの一つとしての役割を果たしてきた」旨申し上げました。その矜持は今も変わりません。私たちを取り巻く環境が、かつてないほど激変している今こそ、そのことを肝に銘じて、お客さまに寄り添って、ともに課題解決に取り組んでいく存在でありたいと思います。
 そのため、当協会は、「損害保険業の健全な発展及び信頼性の向上を図り、安心かつ安全な社会の形成に寄与する」組織として、会員各社の取組みを下支えしていきます。損害保険業界、当協会に対する変わらぬご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。
 この1年間の皆さまからの温かいご支援、ご協力に心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

以 上

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