協会長就任にあたって
会長 白川 儀一

 日本損害保険協会会長就任にあたり、以下のとおり所信を申し上げます。

1.はじめに

 今月19日に石川県能登地方で最大震度6弱、26日には熊本地方で最大震度5弱の地震が発生するなど、本年は大きな地震が多く観測されています。特に、本年3月16日に発生した福島県沖を震源とする地震につきましては、6月17日時点での地震保険の受付が38万件を超え、2,100億円を超える保険金をお支払いする非常に大規模な災害となりました。被災された方々やそのご家族の皆さまに心からお見舞い申し上げます。損害保険業界として、被災されたお客さまへ確実に保険金をお届けできるよう引き続き取り組んでまいります。

 コロナ禍によって世界が一変してから3年目となりました。さらにロシアによるウクライナ侵攻は世界に衝撃を与えました。様々な前提条件が根底から覆され、いま私たちは大きな変化に直面しています。
 こうした激動の時代の中で、損害保険業界は、「安心かつ安全で持続可能な社会の実現」と「経済および国民生活の安定と向上」に向け、着実に使命を果たしてまいります。

2.損害保険業界を取り巻く環境

 温暖化による地球規模の気候変動により、自然災害の激甚化や頻発化という影響が顕在化しています。有事に備えるだけでなく、防災・減災の取組みや昨今目立ってきている自然災害に乗じた悪質な業者への対策など、損害保険業界の果たす役割は一層重要なものになっています。
 また、損害保険業界においてその活用が期待されるデジタル・トランスフォーメーション(DX)の進展は、顧客体験価値の向上や事業者の業務の効率化といったプラスの効果をもたらす一方、国・地域を選ばず突如発生するサイバー攻撃などへの対策の必要性を高めています。
 自然災害や安全保障上の懸念も高まる不確実な環境の中で、損害保険業界としては社会のレジリエンスを高めるだけでなく、社会課題への対応による価値提供を新たな成長の源泉とすることが重要であると認識しています。

3.取組方針

 当協会は、損害保険業界がリスクの担い手としてお客さまを支え、社会的役割を発揮し持続的に成長することを目的に、①持続可能なビジネス環境の整備、②災害に強い社会の実現、③損害保険リテラシーの向上、の3点を重点課題とした第9次中期基本計画(2021~2023年度)を策定しています。
 本中期基本計画の2年度目である本年度は、前述の環境認識を踏まえ、
(1) 気候変動・自然災害
(2) デジタル・トランスフォーメーション(DX)
への対応を中心に、これまでの取組みを加速し、かつ改善を重ねていくことで、社会のレジリエンスを高め、全てのステークホルダーへの貢献を目指してまいります。加えて、若年層の金融・損害保険リテラシー向上その他の損害保険業界の継続的な取組みについても着実に進めてまいります。

4.具体的な取組み

(1)気候変動・自然災害

 損害保険業界として、被災されたお客さまへ迅速・適正に保険金をお届けするとともに、自然災害に強い社会の構築に貢献するべく、以下の課題に取り組んでまいります。

① 防災・減災に向けた取組み

 本年3月に発生したような大規模な地震だけでなく、近年は、気候変動の影響から、大型台風や竜巻、集中豪雨など、自然災害が激甚化・頻発化しています。このような大災害に対しては、損害保険業界が一丸となって対策に取り組むことが一層重要となっています。
 当協会は、本年度も関係団体や各自治体と連携し、地域の特性に応じた防災・減災の取組みを展開してまいります。具体的には、日本損害保険代理業協会や各自治体などと連携して地域の災害リスクに応じたハザードマップを国民の皆さまに広く認知していただけるよう、普及啓発活動に取り組みます。
 次世代への「教育」にも積極的に関与してまいります。例えば、本年度以降段階的に適用される高等学校の新学習指導要領で、科目「地理総合」が必修となり、「ハザードマップ」に関する学習が明記されました。これを受けて、当協会としても高校生の皆さんの理解が進むよう支援していくことを検討しています。
 また、防災・減災に資する情報を一覧化した当協会のポータルサイト「そんぽ防災Web」や子どもたちが活動の主役である「ぼうさい探検隊」などの既存事業についても、多くの方に知っていただき活用してもらえるよう周知活動などを推進します。

② 災害に便乗する悪質な業者への対策

 最近では、自然災害の増加を受け、災害に便乗する悪質な業者によるトラブルが後を絶ちません。被災されたお客さまの弱みにつけこみ、屋根を自ら破損させて利益を得るといった悪質な業者も確認されています。保険制度の健全性に影響を与えかねないこのような行為を排除するべく、一層の総合的対策を講じてまいります。具体的には以下のような取組みを進めてまいります。
・関連省庁や自治体との連携
・注意喚起チラシ・協会ホームページによる啓発
・AIツールを活用した悪質な業者が関与する事案の検知
・損保業界内でのトラブル事例情報およびベストプラクティスの共有促進
 など

③ 気候変動・サステナビリティ関連課題への対応

 世界共通の重要課題といえる気候変動・サステナビリティ関連課題に対しても、当協会として主体的に取り組みます。本年度は、ESGの観点で重要性を増しているテーマも含めた内容で会員各社向けの勉強会を実施することなどにより、会員各社の気候変動・サステナビリティ関連課題への対応力を磨いてまいります。
 また、国内外で策定されるサステナビリティ関連基準に対しても積極的に関与してまいります。一例として、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が実施しているサステナビリティ関連財務情報の開示要件案に対する市中協議について、当協会として意見を提出するなど議論に参画してまいります。

(2)デジタル・トランスフォーメーション(DX)

 損害保険業界として、急速なDXの進展がもたらすプラス面を活用し、お客さま利便の向上や新たな価値の創造に向けたサービス・取組みをさらに推進してまいります。それと同時に、サイバー攻撃などのエマージングリスクの拡大というデジタル社会のもたらす課題にも取り組んでまいります。

① 標準化・共通化の加速

 損害保険業界共通で必要な手続きや事務処理について、当協会が主導して標準化・共通化を加速させることで、お客さまや代理店の皆さまの利便性向上に寄与するべく、以下の取組みを進めてまいります。
・自賠責保険の「異動・解約手続きの非対面化」および「保険料領収のキャッシュレス化」
・質権付き火災保険契約における、金融機関の質権不行使の確認手続き省略化
 (金融機関との包括承認書の締結)
・地震保険におけるマンション専有部分の認定基準導入
・自動車保険・自賠責保険の支払業務における保険会社間の情報交換業務のペーパーレス化
・ノンフリート等級制度における契約締結後の保険会社間の照会業務のペーパーレス化
 など

② エマージングリスクに関する取組み

 社会が急速にDXを加速させると同時に、サイバー攻撃が頻発し、公的機関や企業の被害が拡大しています。攻撃目的も金銭や情報の窃取、主義・主張の表明、テロ・破壊行為など多岐にわたっています。攻撃手口の高度化・巧妙化とともに、攻撃技術に関する情報へのアクセスが容易になり、脅威が拡大するとともに防御策は多様化しています。
 当協会は、サイバー攻撃などの中小企業におけるリスクの認識状況・対策状況等について調査等を行い、損害保険業界全体の対応力を向上してまいります。同時に、お客さまの防御態勢強化のため情報共有のコンテンツの拡充やメディア等を活用した広報活動を通じて、リスクに備える対策の普及促進を進めるとともに、日本損害保険代理業協会その他の関係団体と連携した取組みを軸に、中小企業に対する啓発活動を展開してまいります。

③ 損害保険募集人教育のデジタル化

 損害保険代理店試験について、テキストの改定(紙媒体から電子媒体へ)や IBT化(インターネットを利用した試験への変更)に向けた検討など、デジタルも活用した募集人教育を推進し、募集品質の維持・向上への取組みを進めてまいります。

(3)その他損害保険業界が進める主な継続的取組み

① 若年層の損害保険リテラシーの向上

 損害保険を含む金融に関するリテラシーの向上のため、当協会としても若い世代が金融に関する知識を身につけるお手伝いをしてまいります。具体的には、コンパクトにまとまった動画作成など高等学校を中心とする教育現場において活用しやすい教材の充実を目指します。また、中学校・高等学校の教員を対象として生損保合同セミナーを実施することなどにも取り組んでまいります。

② 保険事業の環境整備に向けた適切な対応

 当協会は、損害保険業界が健全に発展し、その使命を適切に果たしていくことができるよう、会員会社の業務に影響が及ぶ様々な規範に対して要望・提言などの働きかけを引き続き行ってまいります。近年、金融・保険のグローバル化や損害保険各社の海外事業展開が進む中で、保険監督者国際機構(IAIS)や経済協力開発機構(OECD)などが開催する各種会合への出席や意見照会への対応など国際的な基準策定議論への貢献や通商障壁の解消を通じた保険事業の環境整備にも強力に取り組んでまいります。
 また、IAISは、各国保険監督者やステークホルダーが参加する年次総会および関連会合を2023年に日本で開催します。当協会は1994年のIAIS設立以来、主要なステークホルダーとしてその活動を長年支えており、今回もホスト当局である金融庁への協力・支援を行うとともに、一連の会議の成功に貢献する所存です。

③ 新興国市場への各種支援の強化

 当協会は、東アジア諸地域に対する保険技術協力・交流プログラムとして、1972 年から毎年、日本国際保険学校(ISJ)を開催しています。本年度は節目の50周年を迎え、周年記念行事を開催する予定です。そのほか、保険商品改定支援や募集制度整備支援などを通じ、各国損害保険市場の健全な発展と成長に向けた支援を行っており、本年度も、関係省庁・団体との連携の下、取り組んでまいります。

④ 募集品質向上に関する取組み

 当協会は、損害保険募集人の一層の知識向上を目指す仕組みとして、日本損害保険代理業協会と連携して「損害保険大学課程」を運営しています。当協会が認定する募集人資格の最高峰である「損害保険トータルプランナー」資格の取得者数を拡大させていくことで募集品質の向上を図ります。

5.おわりに

 損害保険業界は、これまでも様々な環境変化に適応し、社会の要請に対応した商品・サービスを提供してまいりました。
 不確実性が高まる現下の環境におきましても、「安心かつ安全で持続可能な社会の実現」と「経済および国民生活の安定と向上」に向けて、協会長として真摯に取り組んでまいります。
 皆さまのご支援・ご協力をよろしくお願い申し上げます。

以 上

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